概要
コンプライアンス経営を通して、物流業界のアップデートを図る #01【株式会社日東物流 菅原 拓也】
ロジ人では物流テックと分類される業界の著名人、サービスにフォーカスしていきます。今回は株式会社日東物流で代表を務める菅原拓也さんにインタビューしました。#01では、「“目に見えない”物流の世界」についてお話いただきました。
▼ 株式会社日東物流 代表取締役 菅原拓也氏
1981年生まれ。千葉県出身。青山学院大学卒業後、西濃運輸、国分ロジスティクスの2社を経て2008年に株式会社日東物流へ入社。入社2ヵ月後、同社のトラックで発生した大事故をきっかけに「コンプライアンス改善の推進」を決意。コンプライアンスや労働環境改善に努める。2017年に2代目代表取締役に就任。
暮らしも経済も!物流業界の使命
― まずは運送会社としての業務内容を教えてください。
多くの方が想像する“物流”は「宅配」かと思いますが、私たちの場合はBtoC(企業と一般消費者)ではなくBtoB(企業と企業)、企業間の物流を主に担っています。BtoBは日本国内の物流全体の95%を占めているものの、一般の方にはあまり馴染みがないでしょう。日東物流では南関東を中心に、温度管理が必要とされる冷凍食品や生鮮食品など、食品に関わるものを専用トラックで配送しています。例えば、惣菜や弁当を製造する食品メーカーから、コンビニエンスストアのセンターに配送するのも、コーヒーショップのセンターから各店舗に配送するのも、私たちの仕事です。
― たしかに、“物流”が私たち一般消費者の目に留まる機会は非常に少ないと思います。そうした中、会社の存在意義を感じる場面はどのような時でしょうか。
私たちがなくてはならない存在だと最も強く認識したのは、災害発生時です。大きな災害が発生すると、高速道路が使えなくなってしまうことがあります。場合によっては国道でも通行可能な箇所が制限されることもあります。すると物流が滞り、たちまちスーパーマーケットやコンビニエンスストアでは「食品がない」「飲料水がない」という状況に陥ります。普段当たり前に享受できるサービスが「当たり前のものではない」ということを、おそらく多くの方が実感されるのではないでしょうか。細やかな物流サービスが張り巡らされている日本だからこそ、「当たり前にモノが手に入る」ということが、災害によって当たり前ではなくなることもあります。こうした社会インフラの一翼を担っているのが私たちのような物流事業者なのです。普段は明確に見えるものではありませんが、みなさんの生活から切っても切れない非常に大切な産業だと感じています。
― 仕事にやりがいや喜びを感じるのは、どんな時ですか。
普段接することのない一般消費者の方から、嬉しいお言葉をいただいた時です。震災が起きた時にはSNSで、『トラックドライバーのみなさん、ありがとう』という投稿が増えました。普段、物流サービスはあって当たり前だとされていることから、感謝されることは本当に少ないのですが、「私たちの仕事は本当になくてはならないものだ」「インフラを支える一員だ」と改めて実感できるきっかけになりました。
「コンプライアンス経営」と「健康経営」
― 日東物流では、「コンプライアンス経営」と「健康経営」に注力されているとお伺いしました。それぞれの内容について教えてください。
「コンプライアンス経営」は、“コンプライアンス違反をしないと会社が成り立たない”という物流業界全体の風潮を、“コンプライアンスを守りながら会社を経営していく”というものに変えていくこと。「健康経営」は、従業員が心身ともに健康で、能力を最大限に発揮できる環境の整備を行うことです。この2軸で、経営課題の解決に取り組んでいます。
― 運送業界の実情を教えてください。
運送業界の95%以上が中小零細企業です。全国に6万4000社ほど運送会社がありますが、所持するトラックが50台にも満たない会社がほとんどになります。また、業界全体を見渡してみても、高い利益率を維持できている事業者が非常に少ないことで知られています。『全日本トラック協会』の調べによると、営業利益は限りなくゼロに近く、中には赤字もある状況です。
かつてのトラックドライバーは、免許証を持っていて長時間休みなく働けば年収1,000万円も夢ではありませんでした。しかしトラック運送事業者が「免許制度」から「許可制度」に切り替わったタイミングで事業者が増え、賃金はどんどん下がっていきました。最終的に“労働時間が長いのに全く稼げない”という最悪な状況になってしまったんです。
― そのような状況下で、「コンプライアンス経営」と「健康経営」の取り組みを始めたきっかけを教えてください。
私が入社した当時は、コンプライアンスに対する認識が甘い時代だったと思います。今ではありえませんが、法律で制限されている労働時間をはるかに超える働き方が当たり前で、どこの会社も同じようなことをしていました。
しかし私が日東物流に入社して2ヵ月のとき、当社のトラックが死亡事故を起こし、監査の結果、営業停止処分を受けたのです。そこで考えたのが、「今回の事故はたまたま営業停止処分で済んだかもしれない。けれど、もし営業許可がはく奪されていたら、会社を潰す可能性もあった」ということでした。「周りの会社もコンプライアンス経営に取り組んでいない」という思いや「コンプライアンスを遵守するなんて無理」という考えを改め、「今のやり方を続けていたらいつかどこかでしっぺ返しを食らう日がくる」と考えるようになったのです。
― 業界の在り方を大きく変える決意ですが、賛同は得られたのでしょうか。
当時の私は社会人4年目でした。現場のことをよく分かっていない若者が発する「労働時間を短くしましょう」「過積載をやめましょう」という声は誰にも聞き入れてもらえず、「無理でしょ」とあしらわれました。先代の社長である父からは、「そんな綺麗ごとばかりでは経営は成り立たない」と言われ、当時の社長や管理職の幹部たちとの間にも摩擦が生まれてしまい、本当につらく大変でした。でも、同じようなことを繰り返してはならないという強い思いで、出来ることから少しずつ取り組むことにしました。
― 社内、そして業界内での高い壁を、どう乗り越えたのでしょうか。
まずは小規模な施策から始めていきました。お客様とのエビデンスを持った適正価格での料金交渉はもとより、ルートの見直しなどで無駄な支出を見直すなど地道な行動を続けました。そういった活動で少しずつ捻出したお金を、健康診断や社保加入など健康経営活動に回すようにしていったのです。こういった小さな事を日々積み重ねることで、次第にみんなの健康への意識やコンプライアンスへの意識が変わっていき、次第にみんなが同じ方向を向いて進めるようになりました。
いま、私たちの会社で全ての課題を解消できているわけではありませんが、昔に比べれば本当に改善されています。コンプライアンスを守るということは当然お金のかかることですが、コストと考えるのではなく、会社を健全な方向に動かすための投資と考えるべきです。コンプライアンスを守らないという選択肢はありません。
物流業界をアップデートする
― 長年根付いた業界の常識をひっくり返す行動に、ご苦労も多々あったことと思います。菅原さんが業界改革にかける思い・原動力はなんでしょうか。
当社の活動を広く発信することで、「物流に携わりたい」と思う方が増えてほしいという想いが原動力になっています。物流業界を取り巻く情報のアップデートは、まだまだ不十分なんです。例えばトラックドライバーに対するイメージは、昔のままであることが多いように感じています。CMやドラマでも、トラック運転手といえばデコトラに乗り、ねじり鉢巻きをして、強面で態度も悪い。ネガティブなイメージのままで止まってしまっています。しかし実際は、コンプライアンスに前向きな会社も増えていますし、高速道路で速度を守りゆったり走るトラックも増えています。
私たちはBtoBの業界に身を置いているため、一般の方の目に触れる機会はどうしても少なくなってしまいますが、メディア等での発信を通して、トラックドライバーの働き方や業界の働きやすさを伝えていきたいと思っています。
― 実際に、若手の人材確保につながった事例はありますか。
あります。もともと東京で飲食店で勤務していた20代の若者が、当社のある千葉県の四街道まで引っ越してきて、入社してくれました。「トラックドライバーの働き方っていいな」「健康管理もしっかりされているんだな」「働きやすそうだな」と話していましたが、このように業界のイメージが変わってくれると嬉しいです。良い意味で「イメージと全然違った」と言っていただく機会も増えた印象です。
― 業界全体が抱える課題にメスを入れ、アップデートに挑み続ける菅原さん。次回は、ロジスティクスとの接点や、幼少期に抱いた違和感についてお話しいただきます。