概要
物流業界とデータの重要性 #01【株式会社NX総合研究所 井上 浩志】
ロジ人では物流テックと分類される業界の著名人、サービスにフォーカスしていきます。今回は株式会社NX総合研究所で取締役を務める井上浩志さんにインタビューしました。#01では、「物流業界とデータの重要性」についてお話いただきました。
▼ 株式会社NX総合研究所 取締役 井上浩志氏
大手電機メーカーとシンクタンク系システム会社を経て、2006年に日通総合研究所(現・NX総合研究所)に入社。物流コンサルティングに従事した後、2015年に「ろじたん事業」を立ち上げ、現在、責任者として事業の拡大を遂行。
物流業界をデータで切り拓け!
― まずは井上さんが取締役をお務めの『NX総合研究所』について教えてください。
NX総合研究所は1961年に創立された、〝物流に関するリサーチやコンサルティング〟を主要事業とする会社です。物流のニーズに関する市場調査やモノの動きを捉える流動調査に加え、コスト・CO2の合理化や品質・安全の向上に関するコンサルティングをメインに事業を展開しています。物流に関するeラーニング教育や、さまざまな振動・温湿度の状況を想定した輸送環境試験、倉庫分析ツール『ろじたん』をはじめとするITソリューションの提供も行っています。
― 井上さんの現在の仕事内容を教えてください。
大きなカテゴリーでは、リサーチ・コンサルティング・ITソリューションの3領域を担当し、特にコンサルティングとITソリューションの提供に、責任者の立場として関わることが多いです。中でも自ら企画して立ち上げた『ろじたん』事業には強い思い入れがあり、事業責任者として、事業計画の策定・営業活動・システムの導入支援・システム開発および保守・レンタル管理のサポートをしています。
― 『ろじたん』について教えてください。
『ろじたん』は簡単にいうと、スマートフォンやタブレットのアプリとWEBシステムを連携することで、倉庫の作業時間を簡単に計測・分析できるサービスです。2015年10月にリリースし、導入実績は700拠点を超えました。物流業界における作業データは曖昧だったり不完全だったりすることが多々あり、データありきのAI活用からは少し距離のある業界であるように感じています。『ろじたん』が、将来的にAIがデータを活用する際の“ピース”となることで、長期的な視点において物流業界へ貢献できるのではないかと考えています。現在は『ろじたん』をAIと融合することで、システムをさらに進化させられないか、東京海洋大学と共同研究しているところです。
― 『ろじたん』という名前の由来は何ですか。
裏話になるのですが、”ロジスティックを探究する”というキャッチコピーは後から決まったものなんです。やわらかくて親しみがあり、覚えやすいものが良いと考えていたところ、若い社員が「ろじたんでいいじゃないですか」と言ったので、言葉の響きで採用しました。イントネーションが「ロジタン(上がり)」か「ロジタン(下がり)」か、どちらかで結構議論しましたね。
『ろじたん』事業の始まり
― 『ろじたん』を立ち上げた背景を教えてください。
多くの倉庫では、現在も人手に頼った作業が中心です。よほど大規模な倉庫でない限り、出勤から退勤まで同じ業務に従事し続けることはありません。トラックの到着や出荷の締め切り時刻など、当日の物量や進捗状況に合わせ、入荷検品や格納、ピッキング、出荷検品や梱包など、ひとりの作業者がさまざまな作業をマルチに担当する必要があります。
そして、「どのお客様向けの、どの作業で、どれくらいの時間を費やしているか」を把握するには、紙の日報やメモ書きを作成した後、Excelに入力してデータ化する…という方法しかありませんでした。そのため、倉庫の荷役作業にかかるコストのほとんどが人件費であるにもかかわらず、どの作業に人件費が費やされているのか具体的に把握できていない倉庫が少なくありませんでした。定量的・客観的な議論も難しく、人件費に関連するデータの収集は喫緊の課題となっていたのです。コンサルティングをするという視点でも、データが存在しないと、お伝えするレポートの説得力に欠けてしまいます。もっと簡単にデータ化できる仕組みがあったらいいのに…との思いで誕生したのが『ろじたん』です。
― 『ろじたん』がどのように開発されたのか教えてください。
2014年ごろ、当時1万円ほどのAndroidスマートフォンが発売されて話題になりました。私はその頃、AndroidはJAVA(プログラミング言語)とXML(マークアップ言語)さえ理解しておけば比較的簡単にアプリケーションの構築ができることを知り、「作ってみたい」という好奇心が徐々に強くなりました。そこで神田のJAVAプログラミング学校の門を叩き、業務とは全く関係ない、素人プログラミングの生活を始めたのです。会社の業務時間外で開発を行っていたため、朝5時からプログラミングを始め、往復の通勤電車の中でも手を動かしていたことを覚えています。時間の確保は大変でしたが、自分が書いたコードがアプリにおいてどのように作用するのかすぐに確認できるので、大変というよりも楽しかったと記憶しています。6ヵ月ほどで、現在の『ろじたん』の試作モデルが完成しました。
― 開発後、ひとつでも多く導入してもらうため、どのような工夫をされましたか。
まずは気軽に使ってもらうため、安価に提供したいという思いがありました。機材は全てレンタルでお貸しするビジネスモデルのため、初期費用が不要で、安価に利用し始めることができるサービスになっています。これまで紙日報をExcelに入力されていたお客様からは、メモ書きやExcelへの入力が不要になり、その時間にかけていた人件費の削減に見合う費用で導入が行えていると喜ばれています。
“共通の数字”の大切さ
― 『ろじたん』の導入企業からはどのような評価を得ていますか。
『ろじたん』を導入いただいた倉庫からは、「定量的な情報に基づいて料金交渉できるようになった」「管理側と現場側が共通の数値で議論できるようになり、社内での改善活動が活性化した」「生産性を管理できるようになったことで、パフォーマンスが上がった」など、倉庫の業績に貢献する多くの成果が寄せられています。これは、みんなで何かを話す〝共通の数字〟ができたことが大きいと思います。これまで感覚的に話していたことも、数値化するとビフォーアフターがしっかりと見えてきます。
例えばチーム内では「生産性が10%上がった」と話し合えますし、荷主に対しても「〇分の時間ロスがあるから締め切りを30分切り上げましょう」と、『ろじたん』を交渉ツールにした具体的な提案にもつなげられます。『ろじたん』は、物流側のスキル・提案力を養うツールのひとつにもなっているのです。ちなみにとある倉庫では、『ろじたん』を導入したことで、年配の方と若者が「スマホの使い方が分からないんだけど」という会話をきっかけに、コミュニケーションをとるようになったとも聞きました。
― 『ろじたん』におけるコンサルティング会社としての強みは何でしょうか。
『ろじたん』を導入するお客様からは、システムのサービスを提供する会社が物流コンサルティングのプロであることに安心感があると評価をいただいております。話を聞くところでは、システム開発専門の会社が「仕組みは提供しますが、そのデータが意味するところは自分たちで考えてください」というスタンスであることも多いと耳にします。
しかし、私たちの場合は「物流のことはなんでも相談してください。施策の検討をする際に必要なデータは『ろじたん』で取得しませんか」という逆のアプローチを行います。データを見て、どこに問題があって具体的に何をどうすればいいか分析するには、相応の経験を積まなくてはなりません。その点、私たちは物流データ活用のノウハウを持っているので、データ・表・グラフそれぞれの目的や見方などもレクチャーさせていただいています。単にシステムだけを提供しているのではないところが、大きな強みです。
― 『ろじたん』の課題・目指すところはどこですか。
お客様からは、「作業員の入力に依存した仕組みでは、正しい時間が取得できないのではないか?」とのご意見をいただくことがあります。確かに『ろじたん』の仕組みは性善説で成り立っており、スマートフォンから通知があったタイミングで正しい作業を入力しないと正確な時間は取得できません。そのため現在、作業員がスマートフォンを携帯するだけで正確な作業時間が取得できるような仕組みを研究中です。また今後は、「今やっている仕事は楽しいのか」「やらされている感覚で、本当はやめたい仕事なのか」など、働く人のモチベーションも自動的に分かるシステムを構築したいと考えています。
― 数値・データで物流業界を可視化してきた井上さん。次回は「何をきっかけにロジの世界へ飛び込んだか」、これまでのことを伺います。