概要
物流業界にもITの恩恵を。理系起業家が選んだ「社会の問題を解く」ためのキャリア #01 【vol.15 朴成浩氏】
ロジ人では、物流テック業界の著名人やサービスについての取材記事を次々に発信。今回は株式会社ライナロジクス代表取締役の朴成浩さんにインタビューしました。物流業界の課題解決にAIを活かしたソリューションを提供してきた背景とこれからについて、3回に分けて記事を掲載します。初回となる#01では、朴さんが東京大学大学院在籍時にロジスティクスにおける組合せ最適化問題などの研究に従事したのち、物流業界でのキャリアを選んだ背景についてお聞きします。
▼ 株式会社ライナロジクス 代表取締役 朴成浩氏
東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、米国の数理計画ソフトウェアメーカーの日本支店創設に参画。組み合わせ最適化の専門家として大手エネルギー企業やメーカーのロジスティクス最適化プロジェクトを推進したのち、ライナロジクスを創業し、現職。2003年4月より東京海洋大学講師、法政大学講師を歴任し、科学的な視座でロジスティクスの課題解決にアプローチできる人材の育成にも尽力している。
「組み合わせ最適化」の問題にのめり込んだ学生時代
- 大学生時代に取り組んでいた研究テーマを教えてください。
大学の4年間はぼんやりと過ごしてしまって、特にやりたい事はありませんでした。研究テーマに困っていたとき、たまたま先輩が誘ってくれて、今まさに事業として取り組んでいるトラックの配送計画の原型にも関連する世界に飛び込みました。
ビークルルーティング問題(Vehicle Routing Problem)という、例えばトラックの配送計画を立てるときの課題をアカデミックに形式化した、有名な問いがあるんですよね。それを「一緒に研究しようよ」と誘っていただいて、そこから今まで、何十年と問題に挑んでいます。
- ビークルルーティング問題(Vehicle Routing Problem)とはどのような問題でしょうか。
「組み合わせ最適化」の学問領域で解く問題には2パターンあります。最適な答えがスパッと出る問題と、なかなか妥当な答えが出ない問題の2つです。後者の代表的な問題のひとつで、比較的複雑とされているのがビークルルーティング問題(Vehicle Routing Problem)。1台のトラックが複数の場所を回るとき、どこをどういった順番で回れば最適化できるのか。他にも、特定の地域で「1号車」が回る際に荷物を一部「2号車」に移した方がいいといった風に、車と地域、行き先などの組み合わせを考えていく問題です。
先輩に誘われたのがきっかけでしたが、取り組んでみたら非常に面白くて、のめり込みました。「ロジスティクスの問題を解決しよう」といった想いではなく、単純に「組み合わせ最適化の観点から見て面白い問題があるぞ」と取り組んでいました。
- 専攻していた学問領域において、当時の大学の雰囲気はどのような感じでしたか。
当時はあまり盛んな分野ではなかったですね。東京大学の情報系の研究科自体が、そんなに日の当たる世界ではなくて、しかもビークルルーティング問題(Vehicle Routing Problem)は、理論的には最適解を出しにくいテーマでもありました。
最初のキャリアは米ベンチャーの日本スタッフ
- 大学院での研究を経て、どのようなキャリア志向を持ったのでしょうか。
「組み合わせ最適化」を研究しながら面白い問題を解き続けるうちに、問題を解決するプログラムと、それをチューニングできる自分がセットでなければ解けないことに気が付きました。そのうちに、自分がいなくてもどんな問題も解けるプログラムを作りたい、という方向に研究がシフトしていったんです。
その研究で一定の成果が出て、当時の自分の感覚としては「我ながらすごいやり方を思いついた。世の中のいろんな問題が解けるかも」と可能性を感じました。この領域を自分の仕事にしていきたい、と強く思うようになったきっかけです。
- アメリカのベンチャーにジョインされたきっかけを教えてください。
就職活動は、航空、海運、物流業界を中心に受けましたね。ただ、ダイレクトに自分の研究分野に関連した課題に向き合えそうな仕事がなかなかありませんでした。
そんな中で、大学で非常にお世話になっていた先生から、「日本で支店をオープンするアメリカのベンチャーが、組み合わせ最適化に詳しいメンバーを探している」とご紹介いただいて。日本支店のスタッフとしてそちらにジョインした感じですね。
- 今でこそベンチャーは学生の就職先として人気ですが、当時は東大卒のキャリアでジョインするのは珍しかったかもしれませんね。どのくらいの規模の組織でしたか。
確かに、当時はけっこう珍しいパターンだったかもしれませんね。規模は米国本社含めても全体で10人くらいで、とても小さい会社でした。ただ、アメリカの大手情報通信企業のスピンアウトで、組織は小さくても開発環境や技術をしっかりと持っている企業でした。時差があるので、昼は日本の顧客と打ち合わせ、夜は米国メンバーとミーティング、みたいなよく言えば「効率的な」働き方をすることもできたりして、チャレンジングでスリリングな経験でしたね。
日本でロジスティクスの課題に向き合うために起業
ジョインしていた会社が日本の事業を縮小する方針となり、アメリカの本社から「こちらに来ないか」とオファーをいただいたのがきっかけです。とても有難かったのですが、アメリカで働くか日本で働くかの決断を迫られたときに、ふと気になったのは「日本で出会ったお客様の課題解決はどうなるのか」という点でした。このままふらりとアメリカに行ってしまうキャリアでよいのか、と自問自答しました。
考えた結果、やはり自分の「組み合わせ最適化」に向き合ってきた経験を活かしつつ、日本のロジスティクスの分野で困っている人の課題解決をしたいと思いました。より自由度が高く、裁量をもった開発がしてみたいとの想いもあって、起業する決断をしました。
-ベンチャーにジョインしたことで、起業に活かせた知識はありましたか。
学生時代は、会社ってすごく難しいことをやってるイメージがありました。多分いろんな業務知識とかマニュアルとかがあって、いわゆる作法みたいなものをすごく覚えないといけないのでは、と思い込んでいたんです。いざ社会に出てみると、友達に頼むノリとまでは言わないですが、意外と「こういうの欲しいんだよね」「それならできるよ」といったやり取りで仕事が成立する現場が何度もありました。
仕事ってそんな難しいことではなくて、何か社会に対して貢献できるものがあって、それを必要としている人がいれば成立するんだなということを学べたのが一番大きいです。加えて、小さい組織だから、経営や企業活動の動きも目の前で見ることができました。
ー 研究分野と社会との接点をとことん突き詰めた先に、今のキャリアがあるのですね。次回は朴さんが起業後に物流業界で提供している新たな価値や、株式会社ライナロジクスの事業分野についてのお話を伺いたいと思います。