概要
物流業界をデジタルの力で変える#01 【vol.17 日下瑞貴氏】
ロジ人では物流テックと分類される業界の著名人、サービスをインタビューしていきます。今回は、DXにより物流の価値の最大化を目指す、アセンド株式会社代表取締役社長 日下 瑞貴さんにインタビューをしていきます。#01では起業までの歩みと物流業界が抱える課題や解決に向けた取り組みについてお聞きしていきたいと思います。
▼ アセンド株式会社 代表取締役社長 日下 瑞貴氏
早稲田大学政治学研究科修了後、PwCコンサルティング合同会社、野村総合研究所を経てアセンド株式会社を設立。東大講師や業界団体の委員会の一員としても活躍。創業以来「物流業界の価値最大化」をミッションに掲げ、DX化を推進し物流業界の変革に取り組んでいる。
アセンド株式会社設立までの歩み
ー 大学受験から起業に至るまで、どのようにキャリア形成をされてきたのか教えてください。
高校まで北海道で過ごし、大学は早稲田大学の社会科学部に進学しました。大学時代に取り組んでいたのは、政治哲学や社会問題の研究です。サークルでも、「雄弁会」という団体に所属し社会問題に関する弁論を行っていました。比較的、勉強には熱心に取り組んでいたほうだと思います。
大学院でも引き続き政治哲学を専攻していました。その後は、博士課程に進むか社会人になるか迷いましたが、博士課程に進むと就職が厳しくなると考えて社会人になる道を選びました。学生時代は哲学という抽象的な世界を見てきたため、社会人では実際にモノが動く世界や製造業の世界を見てみたいと考えていたんです。そこで、「外資 就活」で調べてヒットしたPwCコンサルティングの採用直結型インターンに応募して、内定をもらうことができたためPwCへの入社を決めました。
PwCコンサルティングで2年間、サプライチェーンのコンサルティング業務に従事し、システムの導入なども担当しました。そして、経験を積んで現場の流れが理解ができてきた頃に、より上流からものごとを変えてみたい気持ちが芽生えてきたんです。そこで、野村総合研究所へ転職することを決めました。
野村総合研究所では物流と海外事業を半分ずつ担当しており、物流の10年後はどうあるべきかといった政策提言や、ウラジオストックやモスクワなどへの外交活動などを行っていました。また、国際協定の後方支援として経済産業省がフロンガスの規制などを進める際には同行し、相手の主張や日本政府として譲れないポイントのとりまとめを担っていました。
物流業務に関しては政策を作る仕事をメインに行っていたのですが、ルールを作っても世の中は変えられません。重要なのは、物流業界のIT化の遅れについて考えることです。基本的にIT投資は利益から出ていくものであり、利益の少ない業界でIT化が進むわけがないんです。そこで、2020年10月に退職し、独立することにしました。
ー なぜ、物流業界で起業しようと思ったのでしょうか。
起業は大変な側面もあるため、モチベーションが高まる業界で起業したいと考えていました。特に社会に不可欠な業界で働きたいという思いがあり、思い浮かんだのが医療、介護、物流業界でした。そのなかで、物流に関しては前職で関わっていたため知見もあり、課題についても理解している自信がありました。
仕事をするなかで、業界への思いもより深まっています。私は東大での講師や業界団体の委員会のメンバーを務めている他、全国各地のトラック協会で講演をしたり、取材を受けたりする機会も多くあります。さまざまな情報を発信できる立場にあり、多くの期待も背負っています。今は、本当に物流業界で起業して良かったと感じています。
物流業界が抱える課題
ー 現在、運送業界において荷量が増加して運ぶ人が不足している「物流クライシス」の状態となっていると存じています。日下さんは、物流業界の課題をどのように捉えられていますか。
物流業界の課題として、需要と供給のバランスが崩れてきていることが指摘されています。2030年には需要と供給のギャップが、約35%も生じると予測されています。つまり、約3分の1の荷物が、運べなくなる可能性があるということです。実はこの数字は、私が以前野村総合研究所で働いていた際に、日本ロジスティクスシステム協会と一緒に打ち出したものです。物流量が不均衡な状態になっていることは、以前から認識していました。
人口が減少すれば消費も減少するため、荷物の量は減っていきます。ECなどでは一定の増加が見込まれますが、人口が減少している現状を考えると荷物の量が急激に増えることはないでしょう。
最も深刻な問題は、ドライバーの不足です。現在は少し改善されていますが、以前は運送業界の労働環境は「2割長時間労働で、2割低賃金」と言われていました。つまり、他の業種と比較して、労働時間は長いのに賃金は低いというわけです。このような劣悪な労働環境で、人が集まるわけがありません。現在、物流業界では2024年問題が問題視されていますが、根本の問題は物流業界の構造にあると考えています。ドライバーが稼げる業界にしていかないと、法改正以前に人手不足の問題は解消しないと思います。
また、供給が追いつかないことによる経済損失は約10兆円にも上ると言われており、運送業界だけでなく日本経済全体に大きな影響が出るのではないかと考えています。
アナログな業界を根本から変革
ー 日下さんは物流業界の課題を解決するために「DX」の必要性を説かれていますが、具体的にどのような形で解決することを目指されているのでしょうか。
当社では運送管理業務の標準化・効率化と経営管理の高度化を同時に実現するために、「LogiX(ロジックス)」というシステムを開発しました。運送業界の現場では、現在も紙ベースのアナログな手法で業務が行われています。運賃の値上げや単価アップ、運行の見直し交渉などを行う際は何かしらのデータに基づいて議論を行う必要がありますが、データがないのが運送業界の現状です。
そこで、デジタルで業務を行い、蓄積されたデータに基づいて運賃や配送ルートを見直し、荷主に交渉していきましょうというのがロジックスの考え方です。ITやデジタルの力を活用して、物流業界の商慣行や環境を変えていくアプローチを取っています。
ー ロジックスを導入することで、どのような成果が得られるのでしょうか。
運行管理業務は受注をしてから配車を組んで実績を入力し、請求処理やデータ分析を行うといったように、多岐に渡る仕事を行う必要があります。ロジックスを導入することでこれらの業務が一気にデジタルに切り替わるため、業務の工数を大幅に削減することが可能です。事務担当者の業務時間が半分に減り、何度も転記する作業も不要になります。「請求書の作成にかかる時間が30分から5分になった」という声もいただいており、業務の負担が軽減されるという成果があります。
また、データの可視化が進み、経営改善に役立てることができます。例えば、ロジックスのデータに基づいて利益率の良いルートや赤字ルートの特定が可能となり、それに基づいて運行ルートの切り替えや運賃交渉を行うことができます。売上改善に部分的に貢献できることも、導入効果の一つと言えます。
ー 物流業界が抱える根本的な問題を改善するために、デジタルの力が必要であることがよくわかりました。次回は組織作りのポイントや今後のビジョンについて伺いたいと思います。